2014年4月9日水曜日

武蔵国の地名と旧約聖書(3)


 「古代史ブログ講座」開講にあたって
 Matのジオログ
 『My ブログ』
 《考古学&古代史の諸問題》 
 《参考:年表・資料》

 出典:歴史学講座『創世』:歴史研究家「小嶋 秋彦」

 課題:武蔵国の地名と旧約聖書
    ―荒川・入間・幸手などの隠された真義―

 埼玉県・幕屋(2) 新座:飯能・日高・入間

  新座(新座市の東北)

   館:たて(志木市の西北境界、新座の東隣り)

    「カン」,כַֻנ,KN,kuan 台、台座、支え
 
    「館之郷」(新編武蔵にみえる郷名)氷川神社と

     旧中野村(現新座市中野)の鎮守・兒大明神社」

    「新編武蔵」

    ※児大明神の「児」,כהַג,khag 祭

  針ヶ谷(富士見市の西南境界、館の北隣りの地区名)

   針ヶ「ハリケ」,,PRXT,proxet  PRX(Kh)T=KLH(飾り幕)

   ①トーラーの巻物を収めて箱にかける幕

   ②神殿の至聖所の幕

  水子(富士見市の南限 針ヶ谷の東隣りの地区名)

   水子,מִזבֶצה,MZBX(Kh),mizbech 祭壇

  三芳(みよし)町「ミツホウ」,מִתסוַה,MTsVH,mitsvah (神の)命令、戒律、掟

   ※志木市、新座市、富士見市、三芳町のこの一角に

    「幕屋祭」を行った。

    祭壇(台、棚)が備えられたのである。

   竹間(ちくま)沢,תִהוֻר,THYVR,tihvur

     「清潔にすること、浄化」の語義で「(ユダヤ教の律法)清い」という意味

    ※「新編武蔵風土記稿」巻之百卅二 新座郡之四 野方領

  館村 小名 引又町

   中野村西の方柳瀬川によりたる方なり、

   当所及び前の引又町は自ずから一村立つ地の如く里人は称すれど

   左にあらず、ともに当村中の小名なり。

   神社 兒大明神社 小名中野村にあり、

      社は二間四方、前に鳥居をたつ、鎮座の年代縁起等詳ならず、
  
      神體も何を祭るれることを知らず、石像にして猿にのり、

      手に巻物をとる状なり、其一尺ばかり、中野村の鎮守なり、

      村民持、末社 稲荷社 小祠なり。

      本社に向けて右にあり。

   古蹟 今八幡祠のある所館のありし所為りとぞ

      ―昔大石越後守ここに居れり、

      此人は小田原北条家の家人なりしが、

      天正十八年太閤秀吉の為に亡びしと―

  中野(新座市) 中野村「ナカノ」,,NKYVN,nikuayon 清潔、潔白

  引又町(館<村>)「ヒキマタ」,כהַגִֻימ,,khaguiym 祭、כהַג,,khag の複数形

  志木(市名)

   (Grk.)θηκη 箱(容器、棺、鞘など

   (Heb.),טYך,TYK, 箱、書類入れ

   (Lat.)thēca 箱、容器 「書(旧約聖書の巻物)の入った箱」

   敷島神社(志木市本町2丁目)

   敷:シキ(Grk.)θηκη 箱 

   島:しま(Grk.)θυμελη 祭壇・ 舞台、台

    「箱を乗せた祭壇/台」

  柏町(志木市の町名)"カシワ",כהַג הַַסִיf,HASYF,khag haasiyf 収穫祭

  「猿」(兒大明神社),סהַלִֻיתי,ShLTY,shaluiyty 支配者、領主、君主

   (島根県鹿島町佐太神社佐田大神)

   この地に領主が居たのである。

  「志末郷」和名類聚抄・高山寺本「シマ」

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