2014年3月11日火曜日

高皇産霊尊・神皇産霊尊(1)


 「古代史ブログ講座」開講にあたって
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 《考古学&古代史の諸問題》 
 《参考:年表・資料》

 出典:歴史学講座「創世」 小嶋秋彦

 高皇産霊尊・神皇産霊尊(1)

 『古事記』

  天地初めて発けし時、高天の原に成れる神の名は、天之御中主神、

  次に高御産巣日神、次に神御産巣日神、此の三柱の神は、

  並独神と成り座して、身を隠したまひき。

 『日本書紀』

  一書に曰はく、天地初めて判るときに、始めて倶に生づる神有り。

  国常立尊と號す。

  次に国狭槌尊、又曰はく、高天原に所生まれます神の名を天之御中主尊と曰す。

  次に高御産霊尊、次に神御産霊尊。皇産霊、此れを美武須毘と云ふ。

 『神道大辞典』

  高御産巣日神、高皇産巣日神、高御産日神、高御魂日神、高皇産霊尊、

  高御魂命、高魂命ともいふ。

  天之御中主神及び神皇産巣日神と共に天地初発の時、

  高天原に成りませる独神である。

  前記二神と共に俗に造化三神と讃へられ、

  また宇摩志阿斯訶備比古遲神・天之常立神の二神を加へて

  別天神とも稱へ奉ってゐる。

  高も御も美稱でムスビはその造化の霊妙な神徳を稱へた語である。

  天地萬有悉くこの三神のムスビの霊の御力によって、

  鎔造化育せられたと信ぜられてゐる。

  また高御産巣日神は皇祖天照御大神と共に、天祖として最も尊ばれているが、

  この神は一に高木神とも唱へ、

  前記造化三神の高御産巣日神とは全然別神であるとの説もある。

  なほ鎮魂神として神祇官に奉祀せられる八神中の高御産巣日神は

  恐らく造化三神であろう。

 『国史大辞典』

  高皇産霊神 『古事記』では高御産巣日神と書く。別名高木神。
  
  『古事記』や『日本書紀』神代七代章四の一書によると宇宙のはじめに、

  高天原に出現三柱の始原の神(造化の三神)の一神。

  名義はムス(生成)とヒ(神霊)との合成語に、

  高大さを表すタカが付いたもの。

  宇宙の生成を掌る神という意味を持つ。

  『日本書紀』の顕宗天皇三年二月条にも、

  この神は天地を鎔造(ようぞう、とかして造る)したと記されているから、

  創造神としての機能を持つと信じられたことを示している。

  また この神は記紀の天孫降臨や神武天皇の東征などの説話では、

  ことに『日本書紀』の本文の伝えでは、

  この神だけが公孫瓊瓊杵(ににぎ)尊(邇邇芸)命を

  真床追衾(まとこおうふすま、神聖な床をおおう布団)に包んで、

  天降りさせている。

  こんなことから、この神が天照大神より古い皇室本来の神であり、

  大和朝廷の貴族たちの奉じる生産の神、農耕神ではなかったともいわれる。

  律令制では、神祇官の八神殿の祭神の一つで、天皇の御寿の守り神ともされ、

  鎮魂祭にもまつられた。

  鎮魂祭りは、天皇の鎮魂の鎮安をはかる祭儀であるが、

  この際の魂(たま)むすびの呪術(天皇の御魂代(みたましろ))として

  木綿(ゆう)の糸を結ぶ儀礼)の神であろうという説もある。

  大嘗祭や祈年祭などの宮廷の農耕祭式にも、この神はまつられ、

  ことに大嘗祭のときの斎田のかたわらの仮宮のこの神がまつられているのは、

  農耕の神であった形跡を残している。

 『日本書紀』

  顕宗天皇三年の春二月の丁巳の朔に阿閉臣事代、

  命を衝(う)けて、出でて任那に使す。

  是に、月神、人に奢りて曰はく、

 「我が祖高皇産霊、預ひて天地を鎔ひ造せる功有します。

  民地を以って、我が月神に奉れ。

  若し請の依に我に戯らば、福慶あらむ」とのたまふ。

  事代、是に由りて、京に還りて具に奏す。

  奉るに歌荒樔田を以ってす。

  歌荒樔田は山背国の葛野郡に在り、壹伎縣主の先祖押見宿祢、祠に侍ふ。

 《Key Word》

 高皇産霊尊・神皇産霊尊
 高皇産霊尊・神皇産霊尊

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