2014年3月13日木曜日

高皇産霊尊・神皇産霊尊(7)


 「古代史ブログ講座」開講にあたって
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 《考古学&古代史の諸問題》 
 《参考:年表・資料》

 出典:加治木義博

 高皇産霊尊・神皇産霊尊(7)

 『古事記』の神名に隠された「史実の暴露」

 これまで『日本書紀』の原典だとされてきた『古事記』は、

 研究すればするほど、

 過去の国史学者の解説が情けなくなるほど、

 複雑で深刻な内容を秘めている。

 そして過去の述作の大半が、

 どんなに無駄な想像説にすぎなかったか思い知らされる。

 それは『古事記』編集者が激しい情念をこめた、

 開巻第一の創世妃の部分の神名に特に凝縮されていて、

 それだけでも『古事記』が何を目的にした作品だったか、

 その真相を明瞭に物語るからである。

 単なる古代人の思いっきとされた神名を分析していこう。

 天 之 御 中  主 神  

 テンノ ミチュウ ヌシシン  

 天之  美紐   縫 神 

 テンヌ ビチュ  ヌウ神

 丹波  美知   之大人

 タンハ ミチ   ノウシ

 この丹波の道の大人は垂仁天皇の皇后・日葉酔姫の父である。

 その名の原名 Visnu とは「創世者」という意味で、

 パーリ教典『 Nidessa 』にもこの神のことが書いてある。

 Vis とは「あまねく満ちる」ことで、

 日本語の「ミツ=満つ」は

 この「ビス」がミツに訛ったものだとすぐわかる。

 こうして最初の神名が、

 丹波の道の大人という実在した人物を神に

 仮託したものだとわかったのだから、

 後の神名も同じである可能性が強い。

 慎重に検討する必要がある。

 なお丹波は「 tanha タンハー 愛」が卑弥呼と共通するので、

 語源だとも考えられる。

 『高御産巣日の神は武内宿祢だった』

 このビシュヌーの代表的な変身は

 クールマ=亀で高麗国(クールマ)、

 高句麗(クールマ)国の語源だったとわかる。

 『四神」の玄武の本当の読み方と意味は

 「クロタケ=黒高=句麗(クロ)・高(タケ)で、

 そのトーテムは亀(キ)と蛇(ダ)の清音で「キタ=北」、

 これらの全てが「北の国」を意味する倭人文化である。

 このクールマ=カルキ神の別名の一つは

 「 Niskalanka ニシュカランカ」で、

 これに漢字を当て字すると

 「爾支王(ニシュ) 韓の神(カランカ)」になる。

 この高麗・高句麗の人々の出身地はバビロンのカルデアで、

 いま中近東に住むクルド人や、

 インドのクル族、

 またミャンマーからタイ国、中国南西部に住む

 カリエン人たちと同族の人々だが、

 クル族は、

 やはりビシュヌー神の変身・クリシュナ(句驪主国(クリシュナ))を

 信奉する人びとで、

 「神様」の南九州語「カンサー」と同音の、

 「カンサー王」という有名な王がいた。

 次の神名は万葉読みして助詞の津を挟めば解けるが、

 沖縄語ではその津を「チ」と発音することも謎解きの重要なカギである。

 高 御  産  巣 日 神

 タケウ  ウミ ス ニッ

 タケウ津 ウミ ス ニッ

 タケウチ 大臣 足 尼 (宿祢の沖縄発音)

 武 内     宿 祢

 『神御産巣日神は葛城襲津彦だった』

 この当て字が表現できる発音は、下のように読みとれる。

 神 御  産  巣   日 神 

 カンギョ ウミ ソウ  ヒ コウ

 これを『記・紀』編集時代の慣習通りに、

 「ン」を助詞の「の」とみて、

 同じ意味の助詞の「津」に変え、

 もう-つ「津」を挟むと次のようになる。

 カンギョ ウミ ソウ  ヒ コウ

 カ津ギ  大臣 ソ 津 ヒ コ

 葛 城  大臣 襲 津 彦

 この名は在来は、

 カツラギ ソツヒコと読まれてきたが、

 それは大阪と奈良の県境にある

 「カツラギサン=葛城山」と文字が同じなので、

 発音の時代差に無知な学者が混同してしまつた粗雑な誤りであって、

 葛の卑弥呼時代の正しい発音は漢音のカツでなければならない。

 カツギ ソツヒコが正しく、

 この当て字は、それを正確に写しているのである。

 この人物は『記・紀』ともに武内宿祢の子だと記録しているから、

 その親子の順序からも、

 またその所領地が「襲・蘇奴国」は大隅であり、

 邪馬壹国の所在地にぴったり適合することからも、

 一見、神名に見えたこの名が、

 葛城襲津彦だったことは間違いない。

 《Key Word》

 高皇産霊尊・神皇産霊尊
 高皇産霊尊・神皇産霊尊

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